なぎさにふたり

マッチングアプリ文学

日刊東京タワー通信 2日目

suicide-motel.hatenablog.jp
タワーさんは乃木坂46が好きでした。好きなメンバーは訊いていませんが、どうせ普通に201X年くらいの西野七瀬が好きだったんじゃないかと思います。知りませんが。
わたしも「雰囲気が(秋元系)アイドルみたい」と言われたことあります。面白。握手10秒で金とったろか?あ?



タワーさんは「自分の他にどれくらいの人とやり取りしているのか」と毎日聞いた。わたしはその質問に毎日「なんでそんなこと聞くんですか?」ととぼけた。

「他の人にもこういう感じなの」
「〇〇さん以外にも言ってます。尊敬できる人にはね?」
「えー……」
「どうして?尊敬できる人とお話することはいいことです。勉強になるから」
「はぁ……モテモテで羨ましいよ。その顔ならイージーモードだもんね」
「〇〇さんも人気なくせに……」
ほんのりと暗さを帯びたわたしの言葉に声を弾ませ、タワーさんは「俺にわくのはスペック厨ばっかだよ」と返事した。
「モテなんて虚構でしょう。中身まで好いてもらえるかなんてわからないし」
タワーさんは「わかる」と嘆息した。スペックを褒められると不信感を持つよね、とも。
「ううん……〇〇さんの学歴や社名は努力の証ですよ?素晴らしいことです。わたしはただの顔。親からのギフトでしかない」
謙虚だね、メイクだのネイルだのと言ってる他の馬鹿女とやっぱり違うね、とタワーさんは色めき立つ。うわべばかりの卑下に喜ぶ様子が気色悪かった。メイクだのネイルだのと言っている女の子は素直だから、自分の好きなものの話をあなたの前でしているんですよ。可愛いですね。ところでわたしがそのような話をしない理由、考えたことある?
「〇〇さんもやっぱり違いますよ……こんな話普段あんまりしないし」
心底白々しいやり取りだ。こいつに中身を語って意味があるやら。ただここまで言えばタワーさんのハッピーな思考法なら「こんなこと打ち明けてくれるなんて俺と話すのはつまんなくないんだ」と思うはずだ。
「でもわたしのこと、可愛いって思ってくれたなら嬉しい」
この言葉に相好を崩すタワーさんは、一層滑稽にみえた。最初から媚びられていておかしいと思わないんだろうか。スペックに沸く女はみんなバカだし信用出来ないと言っていたのに、じゃあ代わりに努力を褒めてあげるね?と言わんばかりにケアされて、易々と喜んでいる自分はバカみたいだ、とか思わないんだろうか。
「〇〇さんみたいな人に好かれたくて可愛く映ってる写真を選んだから嬉しいんです。バレてた……?」
嘘はない。あなたにはわたしのことを好いてほしい。ただ、わたしは一生あなたのことを好きに思うことはないだけの話で。
「他の女の子と仲良くしてないか、いつも不安になってしまって」
「居ないよ。大丈夫。俺スイーツ笑と話合わないしさあ……」
この後はいつもの流れで、ねえ、早くデートしよう、会いたい、ミツギちゃんと週末会えるなら頑張れる、とタワーさんは繰り返す。わたしは「欲しいものがあるからバイト減らせないの」とかわした。「そうだ。お疲れなら今晩はアイスを食べましょうよ。買ったら写真を送っておいてください。」と、わたしの突飛な要求にタワーさんは狼狽える。「アイスって美味しくて元気出るでしょう?元気出して欲しいから……」と会話を締め括って電話を切ると、その日は東京タワーとファミマのアイスの写真、そして「早く一緒に食べたい」という痛々しいメッセージがLINEに届いたのだった。
「アイスおいしい?自分で自分の機嫌取れて素晴らしいですね」
当面の目標は、「素晴らしいですね」を「えらいですね」に変えても違和感がなくなるまで、会話を重ねることであった。


下手したら毎晩のペースで、タワーさんには帰宅時に何かスイーツを買って帰らせるようにしていた。
そして一度簡単なことで褒めてしまえば、タワーさんは面白いくらいわたしに褒められたがった。
「今日はモンブラン」「ちょっと高いやつだ。何かお仕事でありました?」
「今日は箱アイス」「お得なもの選べてすごいです。ちょっと小さいから罪悪感もないし」
「今日はプリン」「とろっとしてるやつ……一番好き。おんなじの買ってこようかなあ」
「今日はハーゲンダッツ」「華もち?──」
〇〇さん。自分のこと可愛がれてえらいですね、と電話口で笑いかける。いつになくタワーさんは無口で、「ふふ」と声を転がして数秒の無言のあと「いい加減教えてよ」と続けた。
「なにを?」
「俺と会わない理由だよ。バイトだけ?」
「ううん。バイト以外にも」
きたきた。これは紛れもない取引メッセージだ。タワーさんはわたしに会いたがっている。会うためにはバイトが邪魔だ。バイトを減らさないといけない。そうなると彼の提案はおそらく、
「バッグって、どれが欲しいの?そろそろクリスマスでしょ?」
予想通りだった。でもわたしの目的はモノをもらう事ではなかったから、言葉を重ねた。
「わたし欲張りだから、欲しいものたくさんあるんです。引かない?」
「もちろん」
──プラダの鞄と、自由な時間と、あとは素敵な彼氏。
タワーさんは限りなく思考を省いた愚かな声色で「全部あげられるよ」と倒れ込んでしまった。
「彼氏にもなれる。バイトの時間が減れば時間もできる。バッグだって、何回も聞いてるじゃん。どれが欲しいの。サイトを送ってって……」
電話口から脈拍が聞こえるような錯覚。熱い血が噴き出ているような感覚。張り切っちゃって可哀想。
「あ……ごめんなさい。キャッチ入っちゃった。誰だろ……今日は一旦ここで切りますね」
恍惚に水を差されて慌てる様子が見たかったから、キャッチホンだなんて嘘をついた。
いつものように東京タワーの写真と一緒に「さっきのは誰?男?」「でもクリスマス楽しみ」と届いた。ウケる、クリスマス当日押さえられると思って存在しない「男」に向かって勝利宣言ですか。もう精液漏れてない?と失笑する。「クリスマスの時は、タワーの色も変わるのかな。……暖かくして寝てください、おやすみなさい。」と投げ返した。

わたしの目的はバッグじゃない。10近く年下の女の子を捕まえて、「本当に賢い女は無力を装う」「女の努力は無駄」「外見にこだわりたおす女はバカ」だのと有害な思想を植え付けようとするあなたに、深く深く傷ついてほしかった。だから、欲しいものの条件を追加した。
何十万円かの金銭的損害だけでは不足だ。存在しないわたしにかけた時間と、実在すらしないわたしへの恋心。その全てを引き剥がしたら、あなたももう少し素敵に生きられるよね。冬の冷たい空気に膿んだ傷口を晒してほしかった。

翌日に届いた写真はいつもとは違っていた。コンビニスイーツの代わりにブランドバッグの袋、夜景ではなく昼間の東京タワー。
「これ、なんでしょう」
「〇〇さん……わたし」
語り口から期待が漏れ出ている。帰り道アイスを買うだけで肯定され、仕事の愚痴も正当化され、凡ゆる見下しと嫌悪と差別を「あなたの感情はすべて正しい」と撫でさすられ、甘え切って腐って溶けた脳から、どろどろと饐えた匂いが漂った。
直接お伝えしたいですこの気持ち、と言って電話をかける。惚けた男の声に涙を浴びせかける。
「あの、これ違う……ごめんなさい、あの、でも、全然違くて……」
突然の涙声に動転した様子でタワーさんは「え、あぇ、はっ?」と声を上げた。
でもその蒙昧さが、わたしにとっては罪なの。あなたのそれは無垢ではない。無知無明を尊ばれるお歳でもないでしょう。あなたはただの考え無しの莫迦だ。存在しない女に狂い自慰行為に踊らされる種無しの家畜生きる価値なしのブタだ。
「わたし、こんなもの……要るって言いました?」
「あ、え?URL送ってもらったやつ……」
「違う。買うんだったら、一緒にお店に行って、自分の目で見て選びたかったんです。わたしには決定権すらないんだ……」
タワーさんの発する「あ?」と「え?」の声色の変化で、怒りと悲しみが高速で回るのが聞きとれた。
「あ、ぁ?ご、ごめ……いや、あれ、」
「自分は悪くないって思っているんですよね?」
正直この性格だから一緒に選ぶより先にバッグを買いに行く男であろうことは理解していた。この事項に関しては道徳面の不満ではなかったが、反転攻撃の起点に使うために使った。
「あは……知ってました。そういう人だって」
なんでそんなこと言うんだよ、とタワーさんが震える声で宣った。じゃあどうして買っちゃったんですか?頼んでもないのに、とわたしは問い返した。
「ひどい人、買えばわたしが手に入ると思いました?」
「人が給料つぎ込んで買ったものに対して言うことじゃないだろ……」
「あはは!その通り!物に罪はありません」
声が震える。笑いが抑えられない。ずっとこの瞬間を待っていた。本当に賢い女なんて存在しないことに気づかせるこの瞬間のために、わたしは種を蒔いてきた。コインを積み上げてきた。
「わたしはモノじゃなくて、あなたを責めてるんです」
なんなんだよ、お前性格悪すぎるだろ、とブツブツと唱える様子が可笑しくて、笑いが止まらない。悪いのはお前の頭だよ。簡単に性欲に支配されやがって。少しでもマシな場所で排泄したいって気持ちで溢れている。でも勘違いしないでね、性欲の存在は肯定しているの。でもあなたの性欲に訴えかける女のことを「本当に賢い女」、そうでない女を「必死で頭の悪い女」と設定しているところは頂けない。それは言葉への不義理であり冒涜だ。正しい意味で話せ。己の醜さから目を逸らすな。
「頭の悪い女が嫌いなんでしょう?性格が悪い女も嫌い?好き嫌い多いねぇ……」
「いつから騙してた、いつから嘘ついてた」
「嘘?ついてないです。好かれたいから本音を隠してただけ」
「はあ?」
「嫌われたくなくて、好かれたくて取り繕うの、恋愛って感じするでしょう?あなたは最初から聞き苦しく倫理的でない本音を溢れさせていましたが……どうしてそれで人に愛されると思うの?わたし、優しい人が好き。スペックなんかじゃなくて、優しくて人の痛みがわかる人が好き。あなたはどう頑張ってくれましたか?」
時間にすると数秒でしかない、短い沈黙が流れた。しかし、その間必死でこちらを傷つける言葉を考えているようにみえた。ただ思考の甲斐なく一言「気持ち悪い」とだけタワーさんは言い残して、電話が切れた。どうぞ吐いてください。2週間前のアイスまで吐き切れるかは知りませんが。
ひとしきり笑いの狂瀾ののち、空しい沈黙だけが残った。

「あー……最悪」
だって最悪だ、言葉だけで相手を突き崩したいのに、結局わたしは自分の顔貌肢体に頼っている。性欲に狂い女を支配したがる男を、真昼に清潔なナイフで突き刺したいのに、結局わたしは、わたしの被欲望的な性質を起点に攻撃することしかできない。わたしは、寝屋に這入りこむところからしか始められないし、酒に毒を混ぜることでしか終わらせられない。外見情報がなかったら?この声がなかったら?わたしのやり方は、開かれてなくて穢らわしい。
わたしの住む部屋からは東京タワーが見えない。コンビニまで歩けばスカイツリーが見える。
買ったばかりの肉まんで指先を温めながら、「良いお年をお迎えくださいね」とラインで投げる。既読がついたのを確認してブロックした。


このあたりの記憶を思い出すたび、どうして恋愛対象が男性なんだろう?という思いと、裏腹に「恋愛対象が男性だからこその歪みだな」という冷静な分析が脳の中で手を取って踊り出します。困ったことです。
あとお分かりの通り、この辺の話は自分の感情が忙しいので、思い起こして書くのに体力が要ります。

しかばねの踊り (Feat. 初音ミク)

しかばねの踊り (Feat. 初音ミク)

  • きくお
  • ポップ
  • ¥153
このあたりの曲を聴きながら書くと雰囲気が出て良かったです。
当時はそこまでのことをしている自覚がなかったです。おそらくこのくらいしないと心の穴が埋まらないような気がしていて、なんなら恨まれても憎まれてもどうせ人は死ぬし、たくさんの善行と同じくらいの悪行をすれば人生を謳歌して死ねると思っていました。
マッチングアプリ、辞めたり始めたりするたび「寂しがりやなんだね笑」とかもっと直接的な脅迫メッセが届いたりしていたんですけど、それに対しても特段の恐怖などはありませんでした。むしろ弱りきって他の男の人にしなだれかかる(そして善悪を試す)口実が出来て便利だとも思っていました。
でも今思い起こしてみるととりわけ怖い文面を送ってきていたのはタワーさんだったのかもな、と推察せざるを得ません。

ここまでの捩れかたの理由にはおそらく未成年のうちにあったあれこれがあるのですが、それはまた今度まとめます。