なぎさにふたり

マッチングアプリ文学

あまりにも私服がダサい彼

もう何年まえになるだろうか。当然コロナ前ではあるのだが、あまりにも私服がダサい人とマッチングアプリで会ったことがある。
わたしはダサい人が嫌いだ。じゃあダサいの定義って何なの、月にいくら金使ってたらダサくないの、と言われそうだが、わたしの基準はきわめて曖昧だ。言語化するにもとても難しいので、まずは頭の整理に付き合って欲しい。
わたしは「あっこの人ダサい」と思った瞬間、逃げたい、もうデートできない、に繋がってしまう。
以下に逃亡事例を挙げる。

例: 2013年に誰もがこぞって着ていたダンガリーのシャツに、平成のギャル男が履いているような紫のピタピタスキニー、激ダサのマリアージュ。よくいる普通の真面目そうなオタクくんの顔をしていた。メガネは四角い黒いふち。なぜその服?
→待ち合わせ場所でキョロキョロしている彼を見つけ、アプリ内メッセージ機能で「あれ?本当に待ち合わせ場所にいますか…?あれっ?〇〇駅じゃなかったですっけ?わたし、場所間違えてしまったみたいで……本当にごめんなさい。リスケさせてください」と言い残してフェイドアウト

何度読んでも我ながら酷い。いくらなんでもかわいそうだ。でもなぜかこの服を着ている人間は、ほんとうに、無理なのだ。隣を数時間歩かなければならないと思うと、クラウチングスタートでその場から走り出したくなってしまう(いますぐユニクロマネキン買いして欲しい!とすら思っていたが、最近のユニクロのマネキンは異様な重ね着を強いられており、現実的ではない)。

そして、我ながら何より面倒なのが、過度に服好きであってほしいわけでもないということだ。
まず、これは持論だが、独自思想に偏り過ぎたおしゃれは怖い……ような気がする。そもそも、おしゃれは時流やトレンドとの相対がキモであるからだ。トレンドを拾いすぎて「流された」ような格好になると「ダサくはないがいくらなんでも没個性」「若づくり」になり、逆に昔オシャレとされた格好や独特な格好を意固地にも続けていると「ダサい」となるのだ。
20代も半ば過ぎた人にとっては、トレンドを取り入れすぎるのも良くないし、「ちょうど良さ」を随所で意識するのがおしゃれなのではないかと考えている。
ここまで細かく述べてしまえば「じゃあご高説垂れてるお前はどうなんだ」となるだろう。わたしも一切自信はない。自信はないが、「これは似合う」「これは流行っていようが似合わないので避ける」「めっちゃ好きだから小物で取り入れる」をチマチマと経験知として貯めており、まあ、大きく外さなければいいかという感じで毎日服を着ている。
そんな具合なので、わたし自身は「都市迷彩としてのUNIQLO」を心から愛している。UNIQLOでサイズを吟味して尖りの一切ない服を買い、尖ったブツと合わせるのが他者からの認知を害しすぎなくていいんじゃないかという思想である。要はベースは背景と溶け込む服を買い、要所で「じつは背景じゃないです、私こういうものです」をこっそり主張しようというもの。

従って、ダサさとは「周囲(背景にいる人間)のトンマナと比較して、過剰に効き過ぎたコントラスト」だとも思えてくるのだ。
服が古すぎたり、珍妙すぎたり、派手すぎたりすると他の背景と化した周囲の服より明らかに浮き、見ている側のわたしの脳に負担をかける。江戸時代からタイムスリップしてきた武士を隣に並べて歩きたくないのと同心円上にある感覚で、わたしはダサい人の隣を歩きたくない。へんに目立ちたくないのだ。なお、兼ねてより申し上げている「あからさまに目を引く派手めなイケメンを見ると怖くてたまらなくなる」という癖や「自分より背の低い人とはデートどころではなくなる」のも、この「背景溶け込み」への執念が関係している気もする。性根が地味な感性をしているのかもしれない……本当?

嫌いを言語化できてきたので、冒頭にある「あまりにもダサい彼」とのデートの話をしよう。彼も「今その服どこに売ってんだよ」を地でいく人間だった。
当時マッチングアプリ生活もn年目に突入し、自分の地雷もありありと理解できてきたので、あの頃のわたしはあからさまにダサそうな人間をビシバシとNOPEしていた。今更マッシュかよ!自称綾野剛似はヤバい!ところでそこの君その不思議な色のコートは何!?てかこっちの人のメガネわたしの上司のメガネにそっくり!……みたいな感じで。なのになぜ彼と実際に会い、互いに地獄のような逢瀬となったのかを記していく。

彼は183cmの身長と恵まれた骨格、難のあまりない顔立ち、そして極め付けの高学歴高年収から、女性からのいいねをほしいままにしていた。どこかの俳優にも似た涼やかなまぶた、落ち着いた瞳、意志を感じるが濃すぎない眉毛、無個性だが邪魔にはならない鼻口。写真で盛られている部分もあるだろうが、おおよそ嫌悪感を持たれることはないであろう、好青年(29さいのすがた)という具合であった。何より女性の目を引いたであろうのが「スーツで椅子に掛けている全身の写真」である。写真の中、くつろいだ様子で彼は長い脚を放り、どこともなしに微笑んでいた。
そんな様子でありながら彼はわたしと非常にノリが合う、意外にもオタク寄りの人種であった。ゲームをつくる仕事をしているらしい。「なんかパソコンゴリゴリ使うし最先端でおしゃれでかっこいいかなと思ってこっちの業界選んだよね、今思うとしょうもなさすぎ」という彼の発言に、あの日のわたしは違和感を見つけることができなかったのである。
……いやあ、騙された。騙されたという言い方は良くないが、騙されたとしか言いようがない。

電話も一度していたし、その時ノリもいいかんじだったので、特段緊張することもなくわたしたちは六本木に集合した。ちょっとしたランチからスタートとのことだったので、10万円ぐらいで買えるちゃんとしたトレンチ・フィットする系のニット・足首が出るパンツ・ローヒールのパンプス・ローズゴールドの細めのアクセサリーいくつか・レザーの小さめの斜めがけ・フェイス大きい時計を外しで入れる、というあまりにも無難な服を着たわたしの前に現れたのが、以下の彼である。

・キーネックになっている謎の英字Tシャツ(オフホワイトにワイルドなフォント)。もちろん、キーネック部分にはヒモが通っている。RPGで木こりとか村人Aが着てるあのトップスみたいなヒモである。
・赤いチェックの妙にシェイプされたシャツ。パチンパチンと止めるタイプのボタン。agnès b.のカーディガンプレッションみたいなあのボタンです。
・フードの裏地がチェックになっているパーカー(杢グレー)。
・ビリビリ穴あきデニム。穴はそこまで大きくなかったので、彼のすね毛は見ずに済んだ。
・昔懐かしいウォレットチェーン(しかし長財布には繋がっていなさげ、財布はカバンから出していたので)。
・デニム地に白地で英字がプリントされたボディバッグ。文章は怖くて読めなかった。ところどころ星マークも散っている。
・本当にどこで買ったのか皆目見当のつかない、モカシンのような茶色のスエードの靴。本当に何なのだろう。足が大きくていい感じの靴がないのかな。

ダサすぎて鮮明に覚えている。片時も忘れたことがない。この時初めて知ったが、183cmの偉丈夫の着るダサ服って表面積がエグいぶん、圧倒的な存在感だ。ダサ服3D。ダサ服4DX。五感で感じるダサさ。
「極論、顔かっこよくてスタイル良ければ何だってかっこいいんですわw」という通説が嘘であるとこの時身を以て知った。もしかしたら顔がもう少し格好良かったらイケたのかもしれないが、個人的にはどう首をすげかえてもキツい。たとえ吉沢亮でも怖くてわたしは泣いていた気がする。何かの罰ゲームかドッキリかと思って。じゃあ逆に塩顔だったらどうかと言えば、坂口健太郎がこの服着ててもわたしは狼狽していたと思う。やっぱ逃げの一手である!

少しでもイメージが湧きやすいように楽天の広告を貼ろうかと思ったのだが、どう検索すればあの服が出てくるのかすらわからない。お母さんがイオンで買ってきた服に、若干のメンズナックルぽさをブレンドした、あまりにも香り高いダサ服。

通常時であればわたしはかなり注意深く登場するため、ダサ服着てスマホをチラチラ見る男の姿を視認した後は、先程の事例のようにフェイドアウトを選択したはずだ。しかしながらわたしは完全に騙されていた。なまじ良い感じのスーツ姿をアプリ内で見てしまっていたので、駅に佇むダサ男がまさか電話で盛り上がったスーツがよく似合うあの彼だとは夢にも思わなかったのだ。変な服着た木偶の坊がおるな、と思っていた。

「あ、もしかしてみつぎさん?今日はよろしく」
「アッあ宜しくお願いしま す ァ」

木偶の坊に話しかけられたので、あからさまに吃った。吃ったのを誤魔化すようにわたしは普段の3割増くらいで頬を持ち上げ、笑顔を作った。顔も痛いが、もうすでに心が痛い。ランチ終わったら絶対帰るから、ごちそうさままでは正気でいよう。
そう決めたはずなのに、ランチ中の会話の記憶があまりにも朧げだ。とりあえず挨拶がてら言った「素敵なお店を予約してくれてありがとう」という言葉に嘘はない。多分ちょっと高いしこの店。彼は「嬉しい、年上と付き合うことが多かったから、こういうの叩き込まれててさ」と陽気に語った。いい人…?いい人なのかな。本来ならもうこの辺で互いにボーナスタイム突入というか、お互いに好感度爆上げ会話のはずである。しかしわたしの視線の行先は、彼の襟元のヒモの揺れであった。ひっ…ダ…ダッださ……!
「考えてみたら年下の人と仲良くなるの初めてかも」
「あっそうなんですね」
「自分的にはすごく珍しい。結構下だよね?気が合うなんて思わなかった」
「そうなんですか…わたしの態度がおおきいってことかな?あはは」
嘘だろ?お前年上の彼女いてご飯のお店教わることあるのに服は教わらないなんてある!?どっちも衣食住の一端だろうが!同じくらい重要だわ!教えてから世にリリースしろよ年上のお姉様!
「いやいや、なぜか話しやすいんだよね。年下らしい、ぶりっ子っぽい?みたいな子苦手で。みつぎさんはいい意味でさらっとしてて話しやすいよね」
いやいやわたし今めっちゃ気遣ってるから!えっ何…何!?
会話の合間、ちまちまと切り分けて口に運んでいる白身魚もおそらく美味しいのだが、もう味に集中できない。帰りたい気持ちが強すぎる。食べ終わってお会計になったら「わたし用事があって。買わなきゃいけないものとかあって。もう本当時間取っちゃうと思うし付き合わせちゃ申し訳ないので。きょうは解散しましょう」って言おう!心に決めた。それなのに彼は、
「何それ!つれないなぁ、俺も付き合うよ」と満面の笑顔で言い出したのであった!!!!!!!!!!!!

アッ…?もしかしてダサい人って第三者視点とか相手から見た自分とか相手の気持ちになって考えるとか超苦手なのかな?殴る勢いでガチで断らないとダメな感じ?察してくれない感じ?わたしいくら何でも笑顔振りまきすぎたのかな、全然好意的に思ってないしな、でもご飯奢ってくれたしな……そもそもわたしは人の買い物にすすんで付き合いたいと思ったことがないため、かなりのお断りカードを切ったつもりでいたのですが。彼には一切効いていないようだった。

「あ、あのね。本当つれないとかじゃなくて、本当にね。迷惑かな〜?と思って」
「いやいや全然迷惑とかじゃないよ!みつぎさんの買い物気になるし、俺も見たいものあるし」
いやわたしじゃなくて、お前が迷惑なんだよな〜?そう言いたいんですけどマジでなぜ伝わらない?じゃあせめてもの折り合いをつけよう、わたしは「ん〜じゃあ、お互い遠慮なくウインドウショッピングするために、別行動して、そのあと集合しましょう?ね?お茶でもいいですし」と提案した。もちろん、別行動中に逃げるためである。
「え?本当全然大丈夫だって。何みたいの?アクセサリーとか?」
今思うと彼はわたしに何か買ってくれようとしていたのだと思う。本当に困ったことに、この初回デートのランチで爆速で気に入られている自覚があった。頼んでもないのに、こっちのいいところを見つけて褒めてくるのである。あれよこれよといううちに神にされている感じだ。神輿に載せられるわたし。おおかた、写真詐欺じゃなかったじゃん!くらいの感動なのかもしれないが、ほんとうに、わたしに取っては心底、どうでもいいことである。

「アクセサリー…?うん…?」
諦めた。心を殺すことにした。わたしは「ヒロタカみたいですし。エストネーションいきましょ」と流暢に話して笑い、俯く。茶色のスエードの名状し難き靴が見える。悲しくなってきた。もしかしたら、このダサい靴もダサい服も実家のお母さんが買ってくれた服を、それはそれは大事に着ているのかも。絶対そんなことないけどね。もう29歳でしょ?10年以上この質の服着てたら途中で破れてるはずだし。ところで今日のお召し物どこで買ったんですか?と皮肉の一つも言ってやろうかと思ったけど、おそらくこの勢いだと「みつぎさんにも買ってあげる」などと言われかねないので、わたしは口を固く閉ざし、にこにことしていた。

案の定彼は入店後わたしにどのピアスや指輪が気に入ったのかを繁く聞き、これつけてみなよと誘ってきた。わたしは「別にどれも。試着とかも平気です。この前買ったばっかりだし、要らないかな」とあっさりと退店する。本当にいいの?と彼はしつこく聞いた。うるさい。さっさと帰りたいが、疲れたとでも言ったら今度こそなんかヤバい気がする。

「俺も服見ようかな」
「どうぞ。じゃあごゆっくり…」
「いやいや、どれがいいかみつぎさんの感想聞かせてよ」
「ああ本当どれもお似合いになると思いますよ。わたしが見るまでもなく…」
ゲロォ〜!こいつ〜!嫌がらせか〜!?
彼はHUGO BOSSが好きなんだと言って何の衒いなく入店した。嘘だろ?HUGO BOSSにはビリビリのデニムなんか売ってないよ!貴様、スーツはHUGO BOSSなのに非スーツは楽天なの!?価格の高低差で耳キーンってやつじゃん!どっちも程よくあれよ!
彼は彼でマフラーなどの小物をつぶさにみてご満悦といった様子で、店員におすすめを聞いたり、きわめて積極的にコミュニケーションをとっていた。マジで?店員さん今ここでコーディネート組み直してくんない?100万出すから、この男が。

逃げ出すタイミングは一切なく、この後も茶をしばくことになった。わたしはところどころ白目を剥きそうになりながら中身のない会話を続けたが、ついぞ彼の服装に慣れることはなかった。
「じゃあまた今度!」と爽やかで呑気な彼の挨拶に、言いようもないつらさを感じた。だって彼が手を振ると、ボディバッグが揺れて、ウォレットチェーンもチャリチャリ鳴るのだ。「なんで?」と思わずわたしは声に出した。
「えっなんで……なんでまた会わないといけないんですか?あなたと」と続く自分の声の弱々しさに、自分でもびっくりした。
彼の顔から表情が抜ける。え?とか言ったか、は?とか言ったか。わたしは「ごはんごちそうさまでした。でももう嫌なんですけど」とへなへな笑った。彼は何か言っていた。無視した。聞こえなくていい。こいつ人の話聞かないし、わたしも聞かなくたっていいよね……。

厄介なことに、帰りの電車でスマホを開くと、釈明を求められていた。
さっきのはどういうこと?今日のデートどうだった?などと。次はないって言ったらそれ以上でもそれ以下でもないのに、この人は納得したくてそういうこと言うのか。と脱力した。納得なんかしないくせに。異性から断られる時、双方納得しあうことなんてそうそうないよ。なんでわかんないの。
「死ぬほどダサくて。隣歩きたくなくて。つれないとか照れてるとかじゃなくて、もう本当ずっと嫌で、帰りたかったです。でもそれも気づいてもらえなくて、辛かったですよ。人の話聞かない人となんか、もう会いたくないですもん」
「え?何?みつぎさん相手が理想通りじゃないと納得いかないタイプのひとなの?」
「いや、すこしでも理想に近い人と会えるようにアプリで恋人探してるんですよ。そりゃ落胆するでしょ、中学生みたいな服着た29歳が現れたら」

もういいや、思う存分殴り合おうと思った。

「本当に年上の女性と付き合ってたんですか?いくらなんでもダサすぎません?もしかして年上の女性ってお母さんのことですか?」

だからやっぱり、わたしはダサい男は嫌いなのだ。